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 この文章は、2007年に書いたものです。診断基準の改訂に伴い、「広汎性発達障害」という診断名は「自閉症スペクトラム」という名称に変わりつつあります。が、診断基準はほぼ同様なので、本文中の「広汎性発達障害(PDD)」は、「自閉症スペクトラム(ASD)」と同義と考えていただければと思います。

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第1部 広汎性発達障害児(PDD児)の療育

広汎性発達障害の診断について

広汎性発達障害は、

①対人関係の障害
②コミュニケーションの障害
③こだわり、あるいは想像力の障害

という三つ組と言われる三つの基本症状が3歳以前から見られることによって診断されます。

 ①の対人関係の障害では、生後半年も過ぎると出てくるはずの人見知りがない、視線が合わない、ハイハイが出来るようになっても後追いがない、呼んでも振り向かない、歩くようになると出かければ、フラフラと自分の興味のおもむくままにどこかへ行ってしまってすぐに迷子になる、しかも、迷子の自覚がなく平気でいる、といった親への愛着発達がなかなか発達しない乳幼児期が特徴的です。他人と興味が共有しにくく一人遊びが多い、一緒に遊べるようになっても自分流に遊ぶためにトラブルが多いといった特徴が見られます。

 
 ②のコミュニケーションの障害は、言葉が遅れるのが一般的です。話し始めても、初語がコマーシャルのフレーズだったり、「トヨタ」だったり、2年生のお姉ちゃんに聞かせていたかけ算の九九の一部だったりします。要求は伝えるのですが、質問にはおうむ返しが多く、会話になりにくく、会話になっても、続きにくかったり、誤解が多かったり、通じているようで通じていなかったりします。特に、悪いことをしてお説教を食らった最後の「わかったの?」「うん、わかった」は、まず、通じていないです。「わかったの?」という言葉に反応して「うん、わかった」と答えるだけで、説教の内容とは関係ありません。

 ③のこだわりは、道順へのこだわり、マーク、道路標識などに特有の興味を示すといった症状のことです。スーパーへ買い物に行くときに、いつもは右に曲がっ ていくところを、左に曲がったところにあるクリーニング屋さんに寄ろうと左折したとたん、後部座席で大騒ぎを始めるとか、ミニカーをたくさん集め、それを 一列に並べて眺める、ミニカーを走らせながら床に顔をピターっと付けて、タイヤを見ているという「床車」といわれる行動も特徴的です。電気のコンセントに は、「National」などのメーカー名が書いてあるのですが通常、それには気づきませんけれども、このタイプの子ども達は、どこにいてもめざとくそれ を見つけては読みます。

 診断が3歳以降に行われる大半の事例では、3歳以前のこれらの症状については親の記憶にほぼ全面的に頼ったものになりますから、実際には、何歳であっても、PDD児が見せる症状がこの三つ組に沿って解釈できることが大切になります。

 PDD児は、発達することによってどんどん典型的なPDDらしい特徴をなくしていきますが、世界を理解する際、人と付き合う際に持つ弱点は、発達していく(軽くなっていく)ことでなくなっていくわけではありませんので、周りが配慮したり、弱点を補う方法を学習させたりする時期、つまり、発達期である子どものうちは、広く診断をつけて、援助していくのが、その子どもにとって利益を生む、つまり、自立した社会人像に近づけるために有効と考えています。PDDの診断は、診断する医師の個性によってかなりの幅があります。私はいくつかの県で小児科や精神科の先生と一緒に仕事をしてきていますが、それぞれに個性的だと感じています。
 厳密な診断基準の文脈からは若干不正確な表現になりますが、実用的な考え方として、相談場面で来談者の方々には以下のように診断概念を説明しています。 

広汎性発達障害(PDD)には、

Ⅰ.自閉症
Ⅱ.アスペルガー症候群
Ⅲ.特定不能の広汎性発達障害

という、三つの診断が含まれます。①②③の三つ組み全部が当てはまる場合は「自閉症」と診断され、①と③は満たすけれども、②のコミュニケーションの障害が軽微な場合には「アスペルガー症候群」と診断されます。さらに、①②③の満たし方が不十分だけれども、その特徴が強い場合に「特定不能の広汎性発達障害」という診断になります。
 この順にだんだん軽くなると言っても良いかと思いますが、三つ目の「特定不能の広汎性発達障害」は、たとえば、「うちの子の診断は、特定不能の広汎性発達障害です」と学校で先生に言っても、訳がわからなくなる可能性が高いので、厳密に診断概念として用いなくても良い場合は、それは使わず、重い方から自閉症、軽くなると高機能自閉症、もっと軽くなるとアスペルガー症候群、更にもっと軽くなって特別な配慮が不要になった状態を定型発達(普通の子)と一応の区別をします。
 が、これらの間には、明確な区別はなく、連続体(スペクトラム)という状態です。山の絵を描き、山頂付近を自閉症、だんだん下がってきて、アスペルガー症候群、もっと下がると特定不能の広汎性発達障害、さらに下がって平地に来ると定型発達と考えると、どこからが平地で、どこから山が始まっているのかわかりません。これが連続体という意味です。定型発達と言っても良いくらいだけども、いろいろと援助してあげた方が良い状態で、しかも、幼児期に三つ組にあてはまるようなサインがあれば、PDDと診断してあげて、周りで援助してあげた方が、より、PDDから遠い定型発達の域に達することが出来ます。そして、その方向に出来るだけたくさん発達していってくれるように援助するのが療育である、ということになります。

障害という言葉

 さて、広汎性発達障害という言葉ですが、最後に「障害」と書いてあります。私は、来談者の方々には次のように説明しています。
 この診断名には「障害」という言葉がついていますが、これは「disorder」という言葉の訳ですから正確には「混乱」です。つまり、人とのつきあい方の苦手さとか、コミュニケーションの苦手さ、こだわりなどといった個性があるだけならこの診断はつけなくてもよく、困っている場合、周りから何らかの配慮が必要な場合にこの診断はつくのです。

つまり、交通整理がうまくなされれば、混乱はなくなる。つまり、診断ははずれるわけです。こだわりが強いとか、人の気持ちの察し方がうまくなくてマイペースであるとかいう性格があっても、混乱を起こしてなければよいわけです。世の中にそんな人はたくさんいます。
 このように説明し、診断をはずすための努力を一緒にしていきましょうと、お話しします。

乳幼児期の多くのPDD児がもっている知的障害について

 PDD児は前記したように三つ組みを持って育ってくるわけですが、このうち、中核的な症状は対人関係の障害だと思っています。
 前述したように乳幼児期の親への愛着発達の未熟さが特徴的です。名前を呼んでも振り向かない、返事をしないことにより、難聴を疑われて耳鼻科を紹介されることも、しばしばあることです。親への愛着感情が普通に発達していれば、呼ばれたら振り向く、返事をするなど、わざわざ教えてもらわなくても、当たり前にする行動なのですが、PDD児にはそれが教えてもらわないとわかりません。
 つまり、PDD児は定型発達の乳幼児であれば一心に耳を傾ける親からの語りかけが、生活環境の中にある他の音と、等価値にしか聞こえないのです。その結果、言い回しにしろ、声の調子にしろ毎回異なる、理解しにくい肉声は無視されるようです。
 そして、同じイントネーション、同じフレーズで何度も繰り返されるコマーシャルやビデオのフレーズの方が覚えやすいわけです。乳幼児期の子どもの言葉の発達をもたらす原料は、言うまでもなく、親子の愛着関係と親からの語りかけです。親からの語りかけを一心に聴き、まねると、親はまた、子どもの発声をまねて喜びます。PDD児はこの経験に欠けています。
 語りかけに反応しない子どもに対して、親からの語りかけが減ってしまうのは、仕方のないことで、悪循環が生まれます。極端な場合、テレビに守りをさせることになるわけです。
 このことにより、PDD児は定型発達の場合に当たり前に覚えていく語彙を覚えていきません。親子の営みに用いられる言葉を覚えていかないということは、コミュニケーション発達の原料を仕入れ損ねるということです。発語が伸びない、同時に、聞く言葉の理解も増えない。勝手なマイペースな遊びだけをして日々を過ごすことで乳幼児期が過ぎて就学してしまえば、「発達の仕損ね」が固定化して、結果としての知的障害になってしまうと考えています。理想的な療育、家庭生活が実現できれば、PDD児の98%は知的な遅れを伴わない発達を達成できるのではないかと考えています。
 従って、出来るだけ早く対人関係を発達させることと、コミュニケーションを学ぶお手伝いをすることが、乳幼児期のPDD児の発達支援に求められることであり、それがうまく展開すれば、飛躍的な発達に結びつくと考えています。従って、「幼児期の自閉症児の第1の課題は知的障害を克服すること」と設定しています。
 対人関係の発達については豊田市こども発達センター所長の高橋脩先生が、

無関心→道具→弱い依存→強い依存→自立

という形にまとめていらっしゃいます。これに沿って対人関係の発達具合を追います。
 相談機関で、幼児期のPDD児について、「今は他児と比べて、1才の遅れですが、年齢が上がるに従ってどんどん差が開きますと説明された」と仰る来談者は結構多いのですが、適切な対応をすることで、「それは間違いでしたね」と言えることを目指しています。

どんな療育が必要か?

療育は、
①人への愛着を発達させ、
②人とのつきあい方の基本ルールを学び、
③それまで対人関係が発達していなかったために学び損ねてきた言葉を学び、
④認知や運動などに弱さを持っていたらそれを克服し、
⑤こだわりを克服して何にでも頑張って取り組める子どもにするために行います。

 ①の人への愛着を発達させることは、何歳からでも始められます。0歳、1歳代でも、あれ?この子、なんか気になるなあ、と思った瞬間から始めることができます。とにかく遊ぶことです。なかなか遊びに乗りにくいのが彼らですから、乗ってこなくても根気強く取り組むことが必要です。「こういうことを楽しいと思うことがいいんだよ」と教える気持ちを持つことが大切です。取り組むと良いのは、こしょぐり遊び、「たかいたかい」や「おうまさん」のような体を使った遊び、タオルブランコ、遊具を使った遊びなどです。こしょぐり遊びは、「一本橋こちょこちょ」などのような歌付きのこしょぐり遊びがわかりやすいです。タオルブランコは、大きなバスタオルを使って、中に子どもを入れて、大人二人で両端を持って、歌を歌いながらゆらゆら揺らしてあげる遊びです。公園での滑り台やぶらんこも、本人の好みに応じて、ゆっくりだったり激しくだったり、いろいろしてあげることが良いと思います。乗ってきたら、「もう1かい」と要求を言わせることも大切です。
 ②にあげた、「人とのつきあい方の基本ルールを学ぶ」では、まずは、大人との関係を整理してもらいます。子どもに、「自分は教えてもらう人(教えられる)」で、親や療育者などの大人は「自分に教えてくれる人(教える)」であるという「教える-教えられる」関係を学んでもらうことが最重要です。この関係の理解は、「褒めてもらうととてもうれしそうな顔をする」「褒められたいと思って、困難なことに挑戦する」という姿によって表現されます。療育の中身として、「名前を呼ばれたら返事をする」「立ちましょう」などの指示を聞くことも大切ですが、それだけでは、「教える-教えられる」関係の成立には不十分です。
 「教える-教えられる」関係作りに重要なポイントは、注文を多くすることです。PDD児は、ある課題が出来るようになると、指示など聞かずに、昨日と同じやり方でどんどんやっていこうとします。あえてそれを変えます。昨日とは別のやり方をさせる。変えると、それで泣き叫ぶ子もいます。泣き叫んでも、じっくりやり方を教えて、最後までやりきり、そして、できあがりを大いに褒めます。構造化を強調する立場からは、禁忌とされているやり方です。形にこだわるのではなく、指導者からの働きかけに耳を傾けて、それを理解し達成して褒めてもらいたがる子にするのです。だから、あえて、「これだけしたら終わりだよ」と前もって教えることはしません。発達には、人間関係が大切なのです。
 3歳を過ぎていたら、たいていのPDD児は文字を覚えることが可能ですから、文字を覚えていってもらいます。好きな電車の名前から始めてもいいですし、五十音パズルを「あひるのあ」「いぬのい」とか言いながらはめていっても良いでしょう。この「あひるのあ」といってはめていくと、「あ」という時を見て必ず「あひるのあ」と言ってしまい修正に苦労する子がいますが、これは、知的障害が残ってしまう子で時々見られる現象で、大きく発達させればそういう心配は必要ありません。
 文字を覚えてくれたら、いろいろなカードや絵本などを使って、どんどん言葉を覚えていってもらいます。これが、③の「学び損ねてきた言葉の学習」にあたります。文字の学習が困難な子どもの場合は、簡単な色分け課題や幼児用のジグソーパズルなどに取り組んでもらいます。言葉は、公文のカードなどを利用し、最終的なまとめには「こどもことば絵じてん」(三省堂)を読んでもらいます。
 このようなパズルや文字学習などは、出来たのか、あるいは、出来なかったのかということがはっきりしています。だから、褒めてもらったときに、何を褒めてもらったのかがわかりやすいという特徴を持っています。だから、それまで、「悪いことをして、こらっと叱ってもらう」という注意引き行動と呼ばれるものが、反応としてわかりやすいために、しっかり身に付いてしまって親を困らせていた子どもも、こうしたら褒めてもらえるということがわかると、良いことをして褒めてもらおう、悪いことをして叱られないようにしようという区別がわかり、行動が落ち着きます。
 この関係の成立の前提として、①の愛着関係の成立はとても大切です。

通常、ワークに取り組んでいく過程で、子どもの表情も良くなっていきますし、親も楽しくなるから親子で遊ぶことが増えるのですが、遊ぶことが極端に苦手な保護者の場合、あえて、遊びの指導もしなければならない場合もあります。

 ④の「認知や運動などに弱さを持っていたらそれを克服する」では、就学前くらいになると、運動の不器用さ、文字や数の習得の苦手さ(学習障害)がはっきりしてきます。また、苦手だけどがんばるということができるようになっていますから、足踏み、ケンケン、アヒル歩きなどの運動、国語と算数の先取り学習に取り組んでいきます。
 ⑤のこだわり克服は、②でも少々書きました。あるものの操作の手順を「こうでなければならない」と彼らは決めるのですが、それを、先生やお母さんの指示を聞いて柔軟に操作できるようにすることでした。他には、課題が多いと泣き叫び減らすことを要求する、見て、出来ないと思ったら全くしない、間違えたことの訂正を拒否しプリントをびりびりに破ってしまうなど、本人が勝手に決めたルールに基づくだだコネを許さないということです。PDD児の学習障害合併率はとても高いように感じています。学習障害を克服しようとすると人の何倍も学習しなければなりません。また、仮に合併していなくても、渡された課題に黙々と取り組むことができる青年になっていくことは自立への近道です。

 さて、このような療育は、すべて、保護者の方の同席の元に行います。なぜなら、療育の場所でだけ出来ても仕方がないですし、苦手な課題の克服の場合は特に、日々の練習がとても大切です。「先生の前ではするんですけど、家ではちっともしないんです」という親子関係のままでは、PDD児の発達は促されませんから、療育の場で出来たことを家庭でも出来るよう、しっかり同席して、学んでいただくのが正しい方法です。とは言っても、なかなか家では出来ない子もいます。そういう場合には、行動チャートで毎日チェックしてもらい、それを持ってきてもらっては、頑張るように励ますとか、毎日頑張って勉強したことを電話で報告させるなどの方法をとる場合もあります。いろいろと工夫するわけですが、結果的に家庭で出来るようになっていくための援助です。
 家庭でも、毎日同じ課題に同じやり方で取り組んでもらいます。ワークの中で中心的に行っている課題は、対人関係の学習であったり言葉の学習であったりしますが、どちらも、毎日学習してこそ、効果があります。週に1回や月に1回しても発達するときは勿論ありますが、それは、対人関係の姿勢を変えるときなどの質的な変化が見られるときだけであり、一人の子どもに何度もあるものではありません。だから、毎日の継続こそ命です。また、毎日出来る家庭では、ワーク以外のやりとりも、実行できているし、それまで、子ども主導で振り回されていた関係が、「親が教える-子どもが学ぶ」という親主導の新しい関係に変わっていきます。ここまで発達すると、家庭での遊びも楽しく展開できるようになります。遊ぶというのは、とても大切な親子の営みです。ワークができるだけで楽しく遊べないと、対人関係の発達が不十分で、課題だけができる、とても自閉症らしい高機能自閉症ができあがります。つまり、ワークは楽しくできないといけないということは、繰り返しになりますが、褒められたら喜ぶという対人関係の発達がワークの中で作られることが重要だということです。
 家庭でもワークをと言うと、家でまですると子どもにストレスがかかりすぎるという批判を受けることがあります。しかし、褒められることが嬉しいことに気付いた子どもには、家庭でのワークは何らストレスにはなりません。むしろ、積極的にやりたい課題になります。なにせ、大好きなお母さんに褒めてもらえるのですから。遊びの関わりが苦手なご家庭だと、ワークはストレスになるのかもしれません。しかし、その場合でも、私は勧めます。少なくとも、やっただけ、子どもは賢くなりますから。その分、将来の選択肢が増えることになりますから。大幅に発達するのは、主に幼児期、せいぜい10才くらいまでです。ワークによるストレスと言っても病気になるようなストレスではありません。むしろ、必要なストレスでしょう。今の世の中、ストレスという言葉が何もしなくてもよい免罪符のように使われる傾向が強すぎると思います。
 初めて、相談に来られる方々の多くは、PDD児に振り回されています。その際にしていただくのが以下のようなことです。
 何でも勝手にしてきてしまった彼らPDD児に、何事も勝手にさせずに、いちいち親とのコミュニケーションをとってからするよう要求してもらいます。勝手にテレビやビデオをつけていた子ども、勝手に冷蔵庫を開けてジュースを取り出していた子ども、勝手にお菓子の袋を破ってしまっていた子ども、あるいは、手の届かないものについては、親の腕をとってクレーンで要求していた子どもに、勝手には出来ないように環境を変えて、おうむ返しか、あるいは、カードを渡させるという形で要求をさせて、要求できたことをよく褒めながら叶えてやるようにします。教えたらできるんだということを理解していただくのに、とても効果的であると思っています。そんなことを教えたらいいと親御さんたちは思っていませんから、次回に来られたときに「教えたら出来るようになりました」と感動を持って報告していただくことがよくあります。

おうむ返しについて

 PDD児の言葉が出始めた頃、おうむ返しという症状はよく見られるものです。これは、質問の意味が分からないときに、多く見られると解釈されてきました。
 ところが、以下の方法を用いると、おうむ返しでなく、きちんとした応答が出来る子どもがいます。文字が読めることが前提ですが、質問を言いながら、青のボールペンで書きます。たとえば、「おなまえはなんですか?」です。いつもおうむ返しのこどもは、「おなまえはなんですか?」とそのまま繰り返してきます。そこで、赤のボールペンで「ぼくはつづきけんとです。」のように書いてやり、改めて質問を読み、その後、答えを指さして読ませます。そして、さらに練習させます。その練習をした後、「なんさいですか?」など、次の質問を青で書き、ボールペンを赤にして答えを書くスペースを指さしながら、答えを待ちます。すると、「4さいです」などの答えを言えるのです。

 おうむ返しを言えるというところまで言語能力が達した後、すぐに会話まで発達していける子どもと、そこでやや停滞する子どもがいます。そして、停滞する子どものうち、やっとの思いでおうむ返しを言っている子どもと、もう一群に、質問の答えを考えるのではなく、「おうむ返しをしておいたらいいんだ」みたいに考えている子どもがいるのです。この方法を多用して、おうむ返しから脱却させて会話の世界へ連れていくことはとても大切なことだと思っています。

発達のぶれ

 折れ線型の経過をたどるPDD児がいます。ある程度、健常発達のような経過を示しながら、1歳か2歳の頃に、気が付けば呼んでも返事をしなくなっているというような場合です。
 相談に来られる方々には、PDDの遺伝についてはたいていお話しします。だから、きょうだいは要注意なので、意識的に連れてきていただくようにしています。観察していると、ある時はとてもPDDっぽく、また、ある時は健常児っぽかったりします。また、療育に通う子どもでも、すごく普通っぽくなってきたかと思うと、ある時、再び、PDDっぽく戻ってしまうということもよく経験することです。
 お兄ちゃんに一生懸命関わっていて、妹をほっぽらかしていたら、妹が、PDDの世界に近くなり、これはいかんと、妹に一生懸命関わったら、今度は、せっかく良くなってきていたお兄ちゃんが、またPDDの世界にはまりこんでいっている。そんな感じです。
 PDDは、生まれつきのものです。しかし、関わりのよって、かなり大きく変化します。折れ線型の経過をたどる子どもの発達曲線が折れてしまった時期は、第2子の出産、引っ越しなど、ある程度子どもとの関わりが薄くなった時期と重なります。これを私は発達のぶれと呼んでいます。

 PDDの素質を持っている子どもを、PDDの世界から、こちらの世界に連れてくるのも、あるいは、その素質を開花させるのも、育て方が大きく影響するのです。定型発達の経過がある程度の期間あった子どもを折れ線型と呼び、0歳の時からずっと、PDDの特徴を持って育ってきた子どもを折れ線型と呼ばないだけで、どちらのタイプにも、発達のぶれは生じます。こちらの世界に可能な限り引っ張り込めるように、援助したいと思っています。

PDD児を育てる(1)

PDD児を育てる ~生活、療育、学習~
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愛知県丹羽郡大口町秋田3丁目
196番地1

TEL.0587-22-5913

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